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睡眠の質改善とGABA成分

東京大学大学院 新領域創成科学研究科
共同研究員(前 特任教授)
酒谷 薫教授

PROFILE

神戸市出身。医学博士、工学博士、脳神経外科専門医。東京大学高齢社会総合研究機構特任研究員(前特任教授)、医療法人社団醫光会理事長、日本中医薬学会理事長。1981年、大阪医科大学医学部医学科卒業。1987年、同大学院医学研究科修了(医学博士)。米ニューヨーク大学医学部脳神経外科助教授、米イェール大学医学部神経内科客員助教授、北京日中友好病院JICA専門家などを歴任。1998年、北海道大学大学院工学研究科修了(工学博士)。2003年、日本大学医学部脳神経外科学系教授、2012年、同大学工学部教授、次世代工学技術研究センター長、2019年、東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授を経て現職。 現在、ストレスや認知症に関する臨床と光脳機能イメージングやAI診断法の研究開発に従事するなど、医学と工学の両分野で活躍。

睡眠不足になる一番の原因はストレス

睡眠と神経伝達物質のGABA(ギャバ:γ-アミノ酪酸)成分との関係をお話しする前に、まずは睡眠についてお話しします。「質の良い睡眠をとる」ということを簡単に説明するなら、朝起きた時にスッキリしているかどうか、ということ。睡眠時間は多すぎても少なすぎてもよくなく、7時間ほど寝るのがベストだという調査結果がありますが、そのぐらい寝たとしても、「しっかりと寝られたような気がしない」「体がだるい」と感じる人は、実はうまく睡眠がとれていない可能性があります。

睡眠不足の一番の原因はストレスです。「ストレスがあると、なぜ快眠できないのか?」といえば、自律神経が大きく関わっています。自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2種類があり、その両方のバランスによって心臓などの内臓機能をコントロールしています。カラダや脳を活発に動かす時は「交感神経」が優位になり、血圧や心拍数が上昇します。一方、リラックスしている時は「副交感神経」が優位になって血圧は下がり心拍数も落ち着きます。つまり、「副交感神経」が優位であれば、眠りやすい状態になるということです。しかし、ストレスを受けると交感神経が強く活動し、睡眠を妨げることに。さらに、眠れないことが新たなストレスになるという悪循環になり、睡眠不足を悪化させます。

睡眠で休養が十分に
取れていない人の割合

睡眠で休養が十分に取れていない人の割合は、経年で有意に増加している

厚生労働省 平成29年国民健康・栄養調査報告より
*カイ二乗検定 P<0.05

睡眠の質に対する不満

睡眠に感じる不満は、「夜間、途中で目が覚める」「睡眠の質に満足できない」などが上位

厚生労働省 
平成27年国民健康・栄養調査報告より

入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒など
不眠と思われる人が多数いる

寝不足が続くと、どんどんリスクが増える

そして、睡眠不足が続くと、副腎皮質ホルモン「コルチゾール」、通称「ストレスホルモン」の分泌量が多くなります。このホルモンは血糖値を維持し、血圧をコントロールするなど、本来はストレスから体を守る作用があるものの、過剰な分泌が続くと、血圧や血糖値が高まって動脈硬化が進み、高血圧や糖尿病といった生活習慣病をはじめ、脳梗塞や心筋梗塞といった命に関わる病気を引き起こす可能性がでてきます。また、ストレスホルモンは記憶や感情を司る脳の海馬を破壊するため、記憶力の低下やうつ病などの心の病気を招くとも言われています。

さらにもう一つ、睡眠不足になる原因に無呼吸症候群が挙げられます。無呼吸症候群は大きないびきとともに睡眠中に何度も呼吸が止まる病気です。無呼吸が起きると低酸素状態になり、これが続けば生活習慣病や狭心症、脳卒中などを発症することに。また、脳にも酸素がいきませんから、認知機能が低下するといったリスクを高めるという報告もあります。

睡眠不足がアルツハイマーを引き起こすトリガーに!?

近年、睡眠不足に関する衝撃的なニュースといえば、「睡眠不足がアルツハイマー型認知症を引き起こす可能性がある」という研究発表です。アルツハイマー型認知症の原因として注目されているのが、「アミロイドβ(ベータ)」というタンパク質。これは決して特殊なものではなく、健康な人の脳にも存在する物質です。アミロイドβは通常、脳がしっかりと休んでいる時、つまりノンレム睡眠の時に脳外に排出されるのですが、これが睡眠不足になると排出されずに脳内に蓄積し、結果としてアルツハイマー型認知症を引き起こすトリガーになる危険性をはらんでいるというものです。まだアルツハイマー型認知症を発症するメカニズムは十分に解明されてはいませんが、少なくともこれらのことが関係しているといえるでしょう。

そう考えると、睡眠不足は心身のあらゆる不調に繋がるため、良質の睡眠を取ることがとても大切になってきます。そのためには眠る前に副交感神経を優位にする=リラックスした状態にすることが重要です。

質の良い眠りへ誘うGABA成分の機能

睡眠前のリラックス方法は、ゆっくりと入浴したり、心地よい音楽やアロマなどの香りを楽しんだりと、五感に働きかけてリラックスを図ると、スムーズな入眠と深く質のよい睡眠が得られることは周知の通り。そして、GABA成分を摂取するのもよりよい方法です。

GABA成分はγ-アミノ酪酸というアミノ酸の一種で、一時的・心理的なストレスを軽減する機能や血圧低下効果などが報告されています。GABA成分を摂取する場合、サプリメントもありますが、例えば糖質を含んだ食品で摂取するのもいいかもしれません。なぜなら、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンという脳内物質があるのですが、この物質は精神を安定させ、興奮や不快感を鎮めて寝つきをよくする効果があります。セロトニンは脳内でつくられますが、その材料として必須アミノ酸のトリプトファンが必要です。糖質はトリプトファンが脳に取り込まれるのを助ける作用があるので、GABA成分と糖質とを一緒に摂ると、それに相乗効果となって、快眠に繋がりやすくなることが期待できるからです。

実験① 
GABA成分の睡眠に対する機能

試験デザイン
無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験
被験者
事前のピッツバーグ睡眠質問票によるアンケートでスコアが
5点以上(睡眠に何らかの問題がある)
  • ・プラセボ(デキストリン 100mg/day)
  • ・GABA(GABA 100mg/day)

剤型:ハードカプセル

摂取方法
1週間、毎日就寝30分前に摂取
GABA成分を1日100mg、1週間毎日就寝30分前に摂取

Food Sci Biotechnol, 25(2), 547-551 (2016)

就寝30分前にGABA成分を摂取するとノンレム睡眠が増加

Food Sci Biotechnol, 25(2), 547-551 (2016)

就寝30分前にGABA成分を摂取すると、
ノンレム睡眠が増加。
脳を十分に休ませられる

《考察》

上記図表は「GABA成分の睡眠に対する機能」を測定したもの。健康な成人男女10人がプラセボ(デキストリン)とGABA成分を1日100mg、それぞれ1週間に渡って毎日就寝30分前に摂取したところ、就寝30分前にGABA成分を摂取した方で、深い眠りのノンレム睡眠が増加。脳を十分に休ませられるということが判明した。

実験② 
日中に摂取したGABA成分の
夜間睡眠に対する機能

就寝30分前のGABA成分摂取は睡眠に有効だが、日中に摂取しても夜間睡眠に有効か?
試験デザイン
無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験
被験者
健康成人男女16名(男性9名、女性7名、平均年齢36.3± 8.8歳)
事前のピッツバーグ睡眠質問票によるアンケートでスコアが5点以上(睡眠に何らかの問題がある)
測定項目
  • ①脳波
  • ②OSA睡眠調査票MA版
  • ③VASアンケート(睡眠の満足感、熟睡感など)

株式会社ファーマフーズ 日本農芸化学会2018年度大会

  • ・プラセボ(マルチトール 100mg/day)
  • ・GABA(GABA 100mg/day)

剤型:錠剤

摂取方法
1週間、毎日15時に摂取
測定スケジュール
GABA成分を1日100mg、1週間、毎日15時に摂取

株式会社ファーマフーズ 日本農芸化学会2018年度大会

日中にGABA成分を摂取した人は、脳が休息していることを示す睡眠時のδ波量が増加

株式会社ファーマフーズ 日本農芸化学会2018年度大会

日中にGABA成分を摂取した人は、睡眠の満足度(VAS)も向上

GABA成分は就寝前の摂取ばかりでなく、
15時に摂取しても、
その夜の睡眠に高い満足感が得られた

《考察》

昼間にGABA成分を摂った場合に睡眠効果があるのかを検証。健康な成人男女16人に1週間、毎日15時にGABA成分を摂取 してもらったところ、脳を十分に休ませることができることが分かった。結果、日中にGABA成分を摂取した際も、睡眠の質を向上させる作用があることが分かった。

高齢化社会で注目される「フレイル予防」と、GABA成分への期待

実は1990年代に私はニューヨーク大学とイェール大学に留学し、そこで研究していたテーマがGABA成分でした。GABA成分は脳神経医学を研究するものにとっては、脳に存在する抑制性の神経伝達物質として昔から知られており、私自身も神経の外傷を研究するうえでGABA成分をテーマにしていたんです。その後、日本に戻り、今度はストレスの研究へとスイッチしたのですが、約30年が経ち、今のストレスの研究とGABA成分との関連性が繋がったうえで、認知機能の改善や筋肉の維持・増強といった新しい可能性も分かってきたことが大変興味深いですね。

そして、現在はフレイルの研究に注力しています。“フレイル”とは加齢とともに運動機能や認知機能などが低下し、心とカラダの働きが弱くなってきた状態をフレイル(脆弱)と呼びます。今は、健康診断データなどをAIに読ませるだけで、認知症やフレイルといった中高齢者に多い疾患を早期に予知・発見できるシステムの研究開発を進めています。認知機能の向上や筋肉の増量といったGABA成分の機能は、まさしくフレイル予防そのもの。長年GABA成分を研究してきた私としては、今後、フレイル予防においてもGABA成分が一つのツールになる日が来ることを期待せずにはいられません。